ななばん
年が明けても、なにをきく?の続きのような気分でナンなのだけど、音楽は聴いていかないと生きていけないので
「今年も色々な音楽と出会っていくのだろうな」と思う反面、音楽って言葉の「楽」の字に引っかかっていていけない。
「楽しい」でも「愉しい」でも、しっくりと来ない。享楽的の真ん中の「楽」で良いの?え?・・・・・?いくないと思うんだ。
とか、考えてしまうムズカシイお年頃(厨二病じゃあないと思う)になってきたのかも。

グスタフ・アラン・ペッテション(Gustav Allan Pettersson)。色んなカタカナ表記があるけど、どれが適切かは
僕には判断できない。検索して件数が多いペッテション(ペッタションというのもある)で通してみる。
それと、ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル は、もう少し前の時代の別人。

1911年、それもマーラーの没後にスウェーデンに生を受けたグスタフさん。その壮絶な生き様は詳しい文章に譲るが、
それゆえか、その作品は暗いとか闘争的とか暗黒とか「鬱」の時に聴いたら絶対にいけないとか色々と云われている。
僕はその存在を、コンサートで貰う演奏会のチラシで、なんかの協奏曲のプログラム(だったかな?)を見て知り、
その名前を「ホールドでけん(忘れた)!!」がゆえに検索出来ないでいた。最近、ようつべで他の曲について調べていたら、
偶然に「Pettersson」のスペルとともに名を知ること(思い出す)に成功して、その内容に触れる事が出来た
セレンディピティというやつ?)。未完?・破棄も含めての17の交響曲と、若干の歌曲・協奏曲などの作品がある。

ググッて見ると、結構、お好きな方がいらっしゃる。で、僕も聴いてみる。いきなり交響曲全集を発注したりすると、
プロコ.の全集のように聴かないで(いや、聴けないで)垂直展開の状態になってしまうので、有名曲といわれる
第7番の交響曲を発注したのは2つ前の記事の通り。
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聴いてみると、そんなに暗いわけではない。いや、世の中的には暗黒のクラシックなんだろうけど、僕は自身が
ホラを吹くからか、そういう聴き方をしない。単一楽章、45分位のぶっ通しの曲なんか屁でもないし(だから何?)、
執拗に繰り返されるフレーズも、どこかアルヴォ・ペルトのティンティナブリ(←ホント)に似ている感じすらした。

スネアドラム(響線のついた小太鼓)は闘争のシンボルなのか、後半の一部分(後述)を除いて始終鳴っている。
しかし、ニールセンの5番ほどは狂っておらず、抑制の効いた破壊力を保ちながら、この曲全体を支配している。
怨念、憎悪と苦悩、不安、諸々を表しているかのような、どす黒く濁った音色のチューバは実に出ずっぱり状態。
ドロドロ、ブリブリの音は6/4のバカでかい楽器なのだろうか?過度に実験的な書法では無いけど、戦後の世界中が
難しかった時代の作品だということは判る。闘争的といってもマーラーのように自己の運命?のようなものとの
闘争でもなく、タコビッチ.(お好きな方、スミマセン)の、体制やイデオロギーの絡むような闘争でもない感じがする。

自己の極めて深い部分での闘争。いや、葛藤と焦躁の超越?・・・・神無き20世紀の傑作であることは間違いない
のだけど、何故、もっと演奏されない?録音されない?そりゃ、乱暴に全世界のオンガクを4つぐらいに分類したら
デスメタ.と同じところに入るのは確実だろうけど、ちょっとあんまりな気がする。もっと評価されても良い作曲家だ。
・・・・・いやいや、おおっぴらに聴かれるようになったら、それはそれでマズイかも知れない。

中間部の慈しみ、慰めながらも、ひたすらさすらい、行き倒れるのではないか?とも思えるような苛烈な曲想を経ると、
突然にさっと闇が切れて、ヤコブの梯子のように光が差し込む美しい箇所がある。執拗なスネアドラムも、
どす黒いチューバも鳴りを潜め、透明感に溢れた清冽な弦楽合奏が響き渡る。マーラーの10番「アダージョ」の
カタストロフィの後のような「浄化」された世界。モチロン、ここの部分だけ抜き出して聴いても何の意味も無い。
だけど、唯一この曲で(世の中的に云うところの ≒ 一般的な表現での)暗くない部分だ。

しかし、再び打ち鳴らされるスネアドラム。そしてやって来る「あの」終結部。ここのチューバが飛び切りダーティだ。

45分間を聴き通すと「これは、なんだったのか?」と思い、もう一度再生をしたくなる。そこで危うく単一楽章交響曲だった
事を思い出す。次にしよう。ここのところ通勤の往復で1日2度聴いている。耳栓は「必要悪」ではあるが「痛勤」には
「必需品」。でも正直、スピーカーで聴くのが、ためらわれる音響だという気も少しする。 壮絶で、かつ美しい交響曲だ。


ヘビの足:デスメタ.と同じカテゴライズを考えたけど、何回か聴き進めていくと、さすがに乱暴すぎて違う感じがしてくる。
クラウス・シュルツの「イルリヒト」の聴後感(そんな言葉ある?)に似ていると思った。似ているとか、分類とかをしたがる
辺りは、まだ防御機能が正常に働いている証拠でしょう。ジャーマンの、そういう方面がお好きな方には、おすすめかも。
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by afuroyan | 2012-01-14 21:58 | music | Comments(0)
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