なにをよむ?
最近、余り本が読めない。目玉の近接機能が劣化したこともあるが、仕事、ネット、文献としての
読みもので精一杯。「読書」と呼べるようなじっくりと、その作品世界を味わうような時間を持てないでいる。

奥の部屋の本棚にシコタマ並んでいる怪しげな本を眺めていたら、コレマタ怪しげな本が転がり落ちる。
こういう暗示的な展開は非常に困る。コリン・ウィルソンの言うところの「図書館の天使」か?
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クリシュナムルティの「自我の終焉」。自分で買った憶えはないから、誰かに借りてそのままなのかも<(_~_)>

宗教家として扱われるみたいだけど、組織宗教や(恐らくは西欧的な)神そのものをも否定する姿勢からは、
思想家としての読み方をした方が良いかも知れない。教祖様も大嫌いな僕には(神社は好きだけど)
この「あるがまま 全体的知覚 徹底的否定」の思想はえらく馴染む。後のラムダス著「ビー・ヒア・ナウ」が
下敷きにしてるのでは?とも思ってしまう。

「年末年始、時間を作ってじっくり読んでみ。」と言うことで、表の本棚の上にツンドク完了。
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by afuroyan | 2011-12-19 20:20 | etc. | Comments(4)
Commented by sakura-blend at 2011-12-20 00:23
お〜、なんと!
イケメン思想家さんも本棚に待機していらっしゃいましたか!!!
Commented by afuroyan at 2011-12-20 21:01
おおお、sakura-blendさん、どうもです。
え?イ?イケメン?? ・・・・画像検索中・・・・な~る。晩年のお姿は、ようつべにも結構ありますね。

今のところは自分の生きている世界の認識に向けた本は、このクリシュナムルティと
バシャール(チャネリング)と、コリン・ウィルソンと、マヤのPopol Vuhの辺りで、お腹一杯です。
でも、クサクサ(私事でスミマセヌ)してしまっている自分に、ぴったりの本が降ってきたと言う訳です。

こういう、生き難い時代だからこそ、自分が何に囚われて、何に傾倒してしまい、
何によってアジられ、ほじくられ、煽られて、不安や難しい状態を迎えてしまっているかを、
しっかりと見据える(・・・止まって観る)必要があると思いますね <(_~_)>

まぁ、もう、ツンドク完了しちゃいましたし、読書感想文は昔から嫌いだったので読後の
記事はタブン無い(いや、最後まで行かないで挫折するかも)と思うんですけど
どうなることやら ┐(´~`;)┌
Commented by Yです at 2011-12-24 00:20 x
それ、私のです。
あげますわ。
そういえば、コントラバスのゲーリーカーまだ借りてます。
かれこれ18年間ぐらいかなぁ?
Commented by afuroyan at 2011-12-24 08:47
おおお、Yさん、これあなたのでしたか。
難しい本読みますね。ではありがたく。
ゲーリーカー(最近はゲリー・カーって表記するみたい)って「アルノビノーニのアダージョ」が入っているやつでっか?
どうりで無いはずだ。それは・・・・検索中・・・もう廃盤ですそのうち・・・・・
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